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愛用品カタログ

防虫香

2018.01.24
writer: AYAMI

師走の忙しい時期、私は毎年お香を買いに走る。新年に焚くお香と、衣装ケースに入れる防虫香を求めて。愛用しているお香のお店は、京都が本店の松栄堂。私が住んでいる東京にも何店舗かあり、訪ねるといつもそこが都心の真ん中であることを忘れさせてくれる、心落ち着く香りが漂っている。

洋服の防虫剤といえば、ドラッグストアで買うのが定番だろう。そこにはいわゆるおばあちゃんの洋服箪笥のような懐かしい香りのものから、無臭のもの、一年効果が持つもの、防湿もしてくれるものまで、幅広い種類がある。最近は天然のハーブを使った防虫剤なども店頭で見かけるようになった。近年ではこのように色々な選択肢があるのだが、私はお香の香りがする防虫香が一番好きなので愛用している。

着物を着ている人がそばにいると、ほんのりお香が漂っているような香りがすることがある。市販の防虫剤よりもツンとせず甘い香りで、香水よりも柔らかい香り。体に塗る粉のお香「塗香(ずこう)」をつけている場合もあるが、お香の原料である香木で作られた極上の防虫香を使っている可能性が高いだろう。 松栄堂の「上品 防虫香」

私が愛用しているのは、松栄堂の「上品 防虫香」。虫が嫌いな匂いである白檀(サンダルウッド)、丁子(クローブ)、桂皮(シナモン)、竜脳(ボルネオール)を配合している。アロマテラピーでも使われている天然の香料で作られているので、虫にとっては逃げたくなる香りも、私たち人間にとっては非常に良い香りに感じるのだ。防虫香を衣装ケースに一つずつ詰めていくと、ウォークインクローゼット全体が柔らかな香りで包まれる。この香りは徐々に薄れていくが、約半年間持続する。六月になったら新しい防虫香に変え、さらに夏に備えて防湿剤をセットする。新年と夏前の防虫香の交換が、我が家の恒例行事となっている。

防虫香と源氏物語

防虫香が日本で使われるようになった背景には、一部の香木に防虫効果があることが経験的に知られていたからではあるが、我が国独特の理由もありそうだ。洗濯が容易でない着物を着用していた貴族たちは、着物にお香の香りを移して服についた臭いや自身の体臭を取り除く必要があった。また、高温多湿の気候ゆえに、アロマオイルのようなベトベトした油状のものよりも、さらりとした粉末で乾いた香りのお香が好まれたのだろう。

実際、源氏物語(a)を読むと、平安時代の貴族たちがどのようにして着物に香りをつけていたかがわかる。その一つに、香唐櫃(こうからびつ)と呼ばれる木製の箪笥のような箱の中に、香木をブレンドした匂い袋を入れて衣類をしまっておく方法がある(b)。これは「衣被香(えびこう)」と呼ばれ、現代でも時々「えび香」という匂い袋が売られているのを見る。「えび」という表記から「海老」を想像していた私は、「衣被」という漢字を見て初めて納得した。

左上が光源氏
歌川広重の「源氏物語五十四帖 空蝉」 左上が光源氏

松栄堂でも「源氏かおり抄 末摘花丹生の花」という衣被香が売っている。末摘花(すえつむはな)とは源氏物語に出てくる女性で、たいそう不器量だとか顔が長いとか赤っ鼻だとかひどい言われよう。しかも没落貴族であるため、周囲の人々からひどい仕打ちを受けていた。しかし光源氏と会う機会があり、ずっと香唐櫃に入れてあった新調の十二単を持ち出して着用したことからチャンスが訪れる。いかにも没落した家に住み、不器量な女性ではあるが、着物の香りから宮家の格式が漂っていることを察した光源氏。ギャップにグッときた彼は、末摘花を以後寵愛することとなる。ちなみにこの松栄堂の匂い袋の色が真っ赤だったことが、私にはグっときた。

着物の香りづけといえば、「衣香(えこう)」という方法もある(b)。お香を焚いた上に籠をかけ、その上に着物をつるして香りで燻す。「衣被香」もそうだが、どのような香木をブレンドするかは、それぞれの家の秘伝であり、高価な香木が手に入る家ほど良い香りを漂わすことができる。光源氏は超イケメンだっただけでなく、高貴な生まれゆえに超良い香りがしたと描写されている。闇にまみれて意中の藤壺(ふじつぼ)という女性の元に忍び込んだ際、正体を明かさずに出て行ったにも関わらず、その香りで光源氏であることがバレバレだったそうな。

余談だが、衣香という方法は現代でも結構役に立つ。ワンピースやコートなど、頻繁に洗濯できないものに臭いがついてしまったら、パンパンと軽く叩いてからハンガーにかけ、近くでお香をたくと(衣類に燃え移らない距離で)、嫌な臭いがなくなってほんのりお香の香りがつく。昨晩、友人たちと食事を楽しんで帰宅したら、一瞬にして焼肉だとバレてしまった私。年末に買った防虫香とお香で衣香して、焼肉の香りを高貴な香りに変えようと奮闘している。

参考文献

  1. 紫式部、瀬戸内寂聴 翻訳(2007)『源氏物語』 講談社文庫
  2. 尾崎左永子(2013)『平安時代の薫香―香り文化の源流を王朝に求めて』 フレグランスジャーナル社

writer:AYAMI

アロマティシアのオーナー。『香りと暮らし研究家』として活動。2011年より『アロマティシア』を立ち上げ、香りや自然を取り入れた暮らし方について伝える講座や活動をしている。趣味はキャンプで、週末は森の中で過ごすことが多い。

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