ハンガリー生活、はじめました
キュルテーシュカラーチのある生活
writer: 本宮じゅん
ブダペストの地下鉄の出口を出ると、どこからともなく漂ってくる甘く香ばしい匂いに気づくことがある。それは生地が焼き上がる匂いとバニラやシナモンが絶妙に混ざった匂い。少し嗅いだだけでなんだか幸せな気分になれる、不思議な匂い。匂いの元をたどるとほとんどの場合長い行列があって、その先には「キュルテーシュカラーチ(kürtőskalács)」という焼き菓子のスタンドがある。特に冬の時期には、焼き立てを求めて行列がますます長くなる。
キュルテーシュカラーチとは
キュルテーシュカラーチを売る店は街中だけでなく、クリスマスマーケットはもちろん、お祭りの際の定番屋台でもある。私が初めてこの焼き菓子と出会ったのもお祭りの屋台だった。屋台では焼き上げる様子を見ることもできる。長い円柱状の棒に生地をくるくると巻きつけて、砂糖をまぶし、炭火の直火グリルの上でくるくると回しながら焼く。こんがりと焼き上がったら棒を外して砂糖とトッピングをまぶしてもらう。トッピングはシナモンやバニラ、クルミ、ココア、ココナッツなどが中心。それらを好みで混ぜて注文する人もいる。
アツアツの焼き立てを受け取ったら、くるくると生地の巻き目をとくようにちぎりながらいただく。外側の生地はパリッとしているが、内側の生地はふんわりで、その食感もやみつきになりそうだ。街中のスタンドで売られているような小ぶりのサイズのものは、ちょっと小腹が空いた時にもちょうど良い。そしてご覧の通り中は空洞なので、意外にペロリと食べ切れてしまう。ただし、お祭りではだいたい長さ約三十五センチメートルもの大きさで売られているので、そちらは一人よりも何人かでシェアした方が良いだろう。
キュルテーシュカラーチのお祭り
お祭りの屋台の定番でもあるキュルテーシュカラーチだが、キュルテーシュカラーチに特化したお祭りもブダペストで毎年十月に開催されている。市民公園の敷地に二十を超える屋台がずらりと並び、特に日曜日はどの屋台も大行列となる。一度訪れてみたところ、なんと一本買うのに二時間半も並んだ。行列の中には人数以上に買うお客さんも多く、焼き上がりが追いつかないようだった。私の前に並んでいた男性は、一人で八本注文していた。きっと家族の分も買ったのだろう。予想通り、焼き上がった頃に小さな子どもたちを連れた女性と老夫婦がやってきた。大きな一本を手にした子どもの笑顔を見て、とてもほっこりした。
ルーツはかつてのハンガリー領
この焼き菓子、実はハンガリーのみならずチェコやスロヴァキア、ルーマニアなど、周辺諸国にも広く親しまれている。元々はかつてハンガリー領でもあった、現在のルーマニアのトランシルヴァニア地方にルーツがあると言われている。「キュルテー」とはハンガリー語で「煙突」を意味しており(確かに煙突のような形をしている)、英語では直訳で「チムニーケーキ(chimney cake)」と呼ばれている。最近では、ドライラズベリーをまぶしたものや中の空洞にソフトクリームを入れたものも見かけるようになった。
ちなみに、ハンガリー語の原語の発音では「キュルテーシュカラーチ」という表記の方が近いのだが、日本では既に一部で「クルトシュカラーチ」という表記で知られているようだ。そろそろ日本でもブームが来るかも知れない。
キュルテーシュカラーチ・フェスティヴァール(Kürtőskalács Fesztivál)
※毎年十月上旬の金~日、三日間開催
writer:本宮じゅん
2016年7月末にハンガリーのブダペストに移住したばかりの新米ライター。大学在学中に1年間ドイツのライプツィヒ大学に交換留学し、卒業後は外資系化粧品メーカー・広告代理店・外食産業と、業界が違いながらも通算14年近くマーケティング業務に携わった後、ハンガリーのブダペストへ。趣味は料理、街歩き、街歩きのついでに飲むビール。