ほんのかくし味
母の日 - 世界にひとりだけのあなたに。
2016.04.27
writer:豊田希
このたびの『平成28年熊本地震』により被災されたみなさま、そのご家族ご関係者のみなさまに心よりお見舞い申し上げます。みなさまのご安全と一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。
料理研究家 豊田希
新緑と出逢うころ
桜が終わり、新緑の時期を迎えた。華やかな桜並木散歩を楽しんだ後は、みずみずしく輝くけやき並木やいちょう並木散歩が、空の青さに映える。
この春の恵みを感じるころ、まもなく母の日である。5月の第2日曜である5月8日は、春の大型連休最終日だ。私にとっては、母の誕生日でもある。「母の日と誕生日は別の日がいいのに…」と、ぼそっと私に聞こえるように言う母の声が、妄想の脳裏にちらつく。「そんなこと言わせるものかっ!」とこちらもムキになって演出をひねり、すでに少し頭が痛い。でもまぁ、仕方がないか。母がいなければ、自分は存在しないのだから。
母の日とは…
1907年アメリカ、ウェストヴァージニア州。南北戦争中に敵味方問わず負傷兵の衛生状態を改善するために地域の女性を結束させた、とある女性を追悼する集会で、彼女の娘が、母への感謝と尊敬のしるしとして、母が好きだった赤いカーネーションを参列者に配った、というのが最もよく知られている『母の日』の起源だ。
このエピソードはアメリカ全土へと広がり、1914年に5月第2日曜日を『母の日』とアメリカ議会は制定。アメリカでは母が存命している者は赤いカーネーションを、見送った者は白いカーネーションを胸につけて母の日礼拝に参列するという慣習ができた。
日本の母の日とスウィーツの甘い関係
日本では、1913年、アメリカ人の女性宣教師達の熱心な働きかけにより、教会で母の日礼拝が催されるようになった。そして1937年、東京の製菓会社がそれに目をつけ、多くの菓子店の協力のもと『母の日大会』というイベントが恒例行事となり、いよいよ母の日は日本中に定着していった。母の日大会では、遊園地への招待券やお菓子の福引き券が配られたという。母への感謝にスウィーツはマストアイテムとなったわけだ。
日本でも母の日の代名詞であるカーネーションは、色によって異なる花言葉も、それぞれ母性愛に満ちている。
赤は真実の愛を。
白は尊敬を。
ピンクは感謝を。
普段は照れくさくて言えない気持ちを、花言葉に託して贈るというのもステキだ。
フランス・母の日事情
母親は『la mere』(ラ・メル)。そして、同じ韻でとても大事な存在を指すことば - それは海『la mer』(ラ・メル)だ。「命の源は海であり母である」という考え方が根付いているフランスでも、『母の日』はとても大事な行事の一つだ。
1918年、第一次世界大戦の渦中、アメリカ人の風習のひとつとして、母の日はフランスに入ってきた。戦後の人口回復のために母という存在を讃えることを目的として、フランスでも5月最終日曜日を母の日と制定されたという。アメリカでもフランスでも、母の日制定の陰に、戦争があったというのは何とも皮肉な話に思える。
funlovingvolvo / 123RF 写真素材フランスの母の日は、祝い方も違う。フランスでは、なにかを贈るという風習はあまりなく、一緒に食事やお茶をして時間を共有することや、遠方の場合はカードを贈ったり電話をするというのが主なスタイルだ。加えて言えば、フランスでは5月1日に大切な人へスズランを贈るという風習があるため、スズランのモチーフの品を母の日に贈るという人も少なくない。
清楚で可憐なスズランは大好きな花のひとつだ。年によっては、スズランのモチーフのケーキを母に贈ることも。
母の日のほんのかくし味…いや母の日にはちゃんと言葉を
私の好きな母の日の賛美歌の一節を紹介したい。
幻の影を追いて浮き世にさまよい
移ろう花に誘われゆく汝が身の儚さ
春は軒の雨
秋は庭の露
母は涙乾く間なく
祈ると知らずや
<私訳>
この世の快楽を追い求めて
美しいものに誘惑されるあなたの危うさを案じ
春は軒先からしたたり落ちる雨のように
秋は庭の葉につく露のように
母は涙が乾くときもないほどに
神様に祈り続けているのですよ
賛美歌510番『まぼろしのかげをおいて』
世界中で愛されているこの賛美歌を、子供のころは意味もわからずに歌っていた。意味を理解したとき、母の愛の大きさを感じ涙が滲んだのを覚えている。
日本中が悲しみと自然の脅威に不安を抱えているいま。ちゃんと伝えてほしい。母に触れることができようとできまいと、その愛はかつての戦後復興の大きな原動力になるほどに強いものなのだから。
writer:豊田希
勝負料理研究家。自らの料理教室Studio CREATABLEで、日常からおもてなしまで季節に合わせた料理を提案するほか、クックパッド料理教室にも加盟し、基礎に特化したレッスンを開講中。 2004年から料理研究家としての研鑽を積む。専門はフランス菓子。パリへのお菓子留学を通して、街、人、食、文化に強く惹かれて以来、エスプリをキャッチするため毎年パリを訪れるパリ愛好家でもある。 「勝負料理はありますか?」がテーマ。趣味は、食べ歩き。街歩き。観劇。