ほんのかくし味
会いたい想いが叶う夜
nroytmanphotography / 123RF 写真素材
雨の匂いがパリには似合う
雨が降ってほしいところに降らず、降らないでほしいところに降る。今年の梅雨は、ツンデレだ。
6月後半、早めの夏休みをとり、フランス・パリへ行ってきた。ただでさえ気まぐれな地中海性気候に加え、昨今の異常気象。6月初旬にはヨーロッパ中で降り注いだ豪雨の影響で、パリの真ん中を流れるセーヌ川があわや氾濫か、という報道が日本でもなされたので、記憶されている方もおられるだろう。
パリに到着し、最初の1杯をと入ったカフェにて隣同士となったマダムと、最近のパリの話をする。英国のEU離脱関連のニュースの前だったので、ISのテロの影響で日本人観光客が少ない話に始まり、お天気の話に花が咲いた。
世界一の観光都市であるパリ。美しい街を流れるセーヌ川クルーズには、乗船されたことのある方も多いと思うが、川の増水の影響で船が橋をくぐれず、クルーズは運休(現在は復旧済み)していたり、傘が手放せない不安定な天気が連日続く。しかも、6月の半ばだというのに上着が手放せない寒さ。
初夏のさわやかな風を感じることはできないのか…と、残念な思いも過ぎるが、そこはさすがの美しき古都。雨に濡れた石畳やマロニエの木々のつややかさ。どんよりとした空の下で眺める、花屋の店先に生けられた花の美しさ。ノーブルなバラとゴージャスなシャクヤク、そして可憐なアジサイの見事なことといったら…。
そしてもうひとつ。街中のカフェやパン屋の匂い、そして歴史の香りを吸い上げて、パリを包み込む雨の匂い。それは他では感じたことがない、上質なヴィンテージワインのコルクから立ち上るような香りだった。
そして七夕が近づいた
私は東京生まれ東京育ちのアラフォーだが、抜ける様な青空に恵まれた七夕というのは、ほとんど記憶がない。それもそのはず、東京の7月7日は大抵梅雨の折り返し時だ。そのためか、七夕というのはついつい忘れてしまう歳時記のひとつだ。しかし、願いを書いた短冊を笹の葉に下げて、星に願い事をするなんて、なんて美しい風習かと、改めて感じる。
七夕は、奈良時代には『棚機』と書き、日本の五大節句(季節の節目の意味)のひとつとして、無病息災、子孫繁栄、豊作などを神に願う重要な宮中行事を執り行う日とされていた。そもそもこの『棚機』は、乙女が着物を織って神棚に供え、秋の豊作を祈ったり、人々のけがれを祓うというものだった。
この行事と中国の古くからの神話が由来となり、平安時代に、かの有名な『織り姫と彦星の伝説』は広まることとなる。彦星は、琴座のベガ(織り姫)と、農業を司る星といわれる鷲座のアルタイル(彦星)が、この旧暦7月7日に天の川を挟んで最も光り輝いて見えることから、この日を一年に一度のめぐり会いの日と考えるようになった。そして江戸時代には、庶民の間にも広まり、人々は野菜や果物を供えたり、詩歌や習い事の上達などの願い事を書いた短冊を笹に吊るし、星に祈るお祭りとして浸透したといわれる。
笹や竹は、常緑で真っ直ぐに育ち生命力にあふれることから、昔から神聖な植物として、神を宿すともいわれている。地域によっては、この笹や竹を川や海に飾りごと流す風習があるが、これもけがれを流してもらうという願いを込めた慣習といわれている。
七夕の食は、アレだった
節句には、その行事食ともいわれる『つきもの』が必ずある。1月1日はおせち料理、3月3日は桜餅、5月5日は柏餅。では7月7日は…。暑さ厳しいこの時期、ぜひ『生ビール』と言いたいところだが、それと同じく夏の食の代名詞といえば、思いつく方もいるだろう。
素麺である。平安時代には、その原型の索餅(さくへい)といわれるお菓子が食べられており、これはかりんとうのようなお菓子であったと云われている。現在、素麺が七夕の行事食としての馴染みが薄い理由。それは、夏の食べ物として、あまりにも「普通」だから、とかなんとか…。まさかこんなオチがあるとはね。
こちらの写真でご紹介したのは、私の夏の定番『おもてなし素麺』。素麺と薬味だけではなく、うなぎの蒲焼きや牛のしゃぶしゃぶ、素揚げの茄子や南瓜、温泉卵などを彩り美しく盛り付けた一品だ。食欲の湧かない暑い日も、見た目にも楽しいこんなテクニックをぜひ身につけていただきたい。作らなくてもいい。たとえ買ってきたものでも美しくしつらえた食卓は、かならず明日への活力となる。
七夕のほんのかくし味。
自分自身を織り姫だとしよう。彦星は、愛しい誰かかもしれないし、懐かしい土地かもしれない。久しく食べていないあの美味、という方もいるだろう。
2016年。私にとっては愛する街、パリこそが少し早めの再会を果たした愛する彦星だった。久々に再会した彦星は、時代の流れの中で暴力にさらされたり、圧倒的な自然のパワーに翻弄されていたが、それでもやはり変わらずに愛しい街だ。
いつでも、いくつになっても、再会したいという想いは、あなたをワクワクさせるはずだ。織り姫と彦星の伝説のように。