アロマと石鹸の物語
ミントの物語(1)│古代から使われてきたハーブ
writer: AYAMI
花粉症の季節になった。今年はインフルエンザも同時期に流行していたため、症状が悪化している人が多いという。私は花粉症の緩和と、インフルエンザ予防のために、ミントのアロマオイルをマスクに一滴垂らしている。スースーしてマスクの不快感が和らぐ。
このミントという草は栽培が容易で、たくさんの種類がある(a)。アロマテラピーで一般的に使われるペパーミント、ちょっとすっきりした香りのスペアミント、お菓子のトッピングに使われることが多いアップルミント、北海道などで育てられている和種のハッカ……挙げればきりがない。どれも生命力が強くすぐに繁殖するので、採取できるオイル量も多く、古代から、料理、化粧品、病気の予防、殺菌消毒まで幅広く使われてきた。
ミントにまつわる物語
「ミント」という名前の由来には一つの物語がある。ミントの属名はMentha piperitaというが、Menthaはギリシア神話に登場する妖精メンタに由来している。その昔、メンタは冥界の神ハデスに溺愛されていたという。しかしハデスには妻がいた。こういう展開の場合、妻の嫉妬は避けられない宿命だ。メンタもご多分に漏れず、ハデスの妻から強烈な嫉妬を受け、最終的にはちっぽけな目立たない草にされてしまったという。どんな魔法を使ったのか知らないが、不倫の代償は大きかったということだろう。
すっかり変わり果てたメンタの姿を見たハデスはびっくり仰天。冥界の神ならそんな魔法くらいすぐに解いてあげることができそうだが、嫉妬に狂った妻の呪いは相当だった模様で、ハデスはメンタに甘い香りをつけてやることしかできなかったそう。ちなみに属名後半のpiperitaはコショウの意味で、刺激的な香りにちなんでいる。ちっぽけな草にされても尚、メンタはハデスにとって刺激的な相手だったのだろう(b)。
古代から色々な使い道をされてきたミント
妖精からちっぽけな草にされてしまった哀れなメンタだが、ミントという草は古代エジプト・ギリシア・ローマ時代から大変重宝されてきた。古い記録では、紀元前300年頃のエジプト人の墓から、ペパーミントの花束が発見されている(c)。
古代ギリシア人はハーブの葉や花をパイプにつめて、たばこのように喫煙していたという。特に好まれたのはミント、そしてタイム、マジョラム、バジルなどの香り高いハーブだった(d)。また、道路や劇場、神殿にはミントが撒かれ、そこら中に人々が踏み潰したミントのかぐわしい香りが漂っていたようだ(e)。公衆浴場にはハーブが浮かんでおり、ミントの葉をすりつぶしたローションを入浴後に体に塗ったり(a)、男たちは力強さを意味するミントを腕にこすりつけて香水のように使ったという(e)。一方、ミントは「情熱をかきたてるハーブ」と考えられていたために、心乱されることを嫌う兵士が使うことはなかった(c)。
ローマ時代になると、ミントは消化促進、食欲増進、胃腸の不調緩和のための薬草として認識されているようになっていた(a)。ミントの使い道は多岐に広がり、宴のテーブルにこすりつけたり(e)、ミントソースとして料理の味つけに用いられるようになった(b)。近年の研究では、ミントは消化不良や過敏性腸症候群に対する効果が確認されている(b)。
また古代ローマ人は、ミントを脳の強壮剤と考えていたことから(c)、頭にミントの葉で作ったリースをかぶった(a)。鎮痛、麻酔、消毒薬としても使われ、ヘビやサソリに刺された時に役立った。(d)最近では、ミントは心臓と循環器に作用して神経を強化させたり、新陳代謝を促進しうっ血を取り除く作用があることから、頭痛や片頭痛のような神経から来る症状や、筋肉痛など緊張の緩和に優れていることが実証されている(c)。また、脳の海馬に刺激を与えて記憶力を高め、頭脳明晰にする作用がある(c)。
長期にわたったローマ時代の間に、ローマ人はミントをイギリスに持ち出した。そこで根付いたミントは、九世紀になると修道院の庭で栽培されるようになる(e)。中世のロンドンでも、宴会ではミントを床にばらまき、テーブルやベンチにこすりつけ、料理に使って楽しんだという(e)。イギリスの園芸家ジェラードは、「娯楽と休養の場所や寝室にミントをばらまいた」と記している(e)。
ミントはさらにヨーロッパ全域に広がり、中世ヨーロッパでは、ワインや酢に浸してうがい薬にしたり、額やこめかみに当てて頭痛の治療薬にした(b)。また、航海中に古くなった飲み水を浄化するためにミントを使った記録もある(a)。この時代、貴族たちは貴重な中国茶などを楽しんでいたが、庶民がお茶を飲むことは教会から禁止されていた。しかし、ミントティーだけは特別で、庶民も飲んで良いことになっていたことから、教会の名前をつけて、「ノートルダムティー」、「サンタマリアティー」などと呼ばれた(d)。
その後、アメリカに入植した清教徒たちによって、北米にもミントが広がっていった(b)。紅茶と違って税金が課せられないので、彼らはミントティーを好んだという(a)。現在ではチューインガムやキャンディー、歯磨き粉からローションまで、アメリカ製品の至る所にミントが使われている。米国食品医薬品局は、有効成分のメントールに呼吸器系の不調、風邪、のどの痛み、空咳を和らげる効果があることから、軟膏、トローチ、蒸気吸入薬としての使用を認可している(b)。あのヴイックス・ヴェポラッブのスースーする成分もミントだ(b)。タイガーバームにも入っており、皮膚に塗れば発疹、じんましん、虫刺されによるかゆみやかぶれを穏やかにし、関節炎、頭痛の軽減にも役立つ(b)。
日本には江戸時代初期に伝来し、大正時代には世界のミント市場の七割を日本産が占めることとなった。これにより北海道などで「薄荷成金」が誕生したが、二度にわたる世界大戦でハッカ畑は食料畑への転換を余儀なくされ、生産・売上ともに停滞していった(d)。戦後は合成香料が主流になり、天然のハッカは隅に追いやられる時代が続く。しかし、近年のアロマテラピーの流行と天然回帰の風潮により、今、再び天然のハッカが脚光を浴びている。
参考文献
- ナンシー・J・ハジェスキー、他(2016)『ハーブ&スパイス大事典』 日経ナショナルジオグラフィック社
- ティエラオナ・ロウ・ドッグ、他(2014)『メディカルハーブ事典』 日経ナショナルジオグラフィック社
- ジュリア・ローレス(1996)『心を癒すアロマテラピー 香りの神秘とサイコアロマテラピー』 フレグランスジャーナル社
- 永岡 治(1988)『クレオパトラも愛したハーブの物語 魅惑の香草と人間の5000年』 PHP研究所
- A.W. ハットフィールド、他(1993)『ハーブのたのしみ』 八坂書房
writer:AYAMI
アロマティシアのオーナー。『香りと暮らし研究家』として活動。2011年より『アロマティシア』を立ち上げ、香りや自然を取り入れた暮らし方について伝える講座や活動をしている。趣味はキャンプで、週末は森の中で過ごすことが多い。